僕の武器は極まった中二病の針しかない

僕の武器は極まった中二病の針しかない

nano

狂ったような咆哮をあげながら跳び回る二体のシャドウフォックスを前に、マヌルの思考は限界を迎えていた。

なぜ攻撃が通じない。
なぜこちらの動きが読まれている。
なぜ。なぜ。なぜ。
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だって僕の方があいつらより賢いはずじゃないか。


その愚にもつかない自信はいっそ幼稚と表現すべきものでしかなかったが、しかしマヌルにとっては唯一絶対の真実であった。
僕は誰より慎重で、誰より考えている。
なのにどうして届かないのか。どうして上を行かれてしまうのか。


常人であればすぐさま前提が間違っていたと自省し、避けられない敗北を受け入れていただろう。
だが、常識の埒外の思考を持った人間にとっては自身だけがひたすらに正しく、やがてその歪んだ妄想は究極の他責に至る。


――ああ、そうか。     ・・
マヌルは針を強く握りしめて確信する。
僕より頭のいいあいつらが間違っている、そういうことなんだ。


瞬間、根拠のない思索が溢れ、指向性を持った概念となる。それは世界の理に干渉し、法則自体に針の穴を開ける。
口は錆びついた扉を無理に開くように、呪いの言葉を紡ぐ。
狂気を超越した信念による世界そのものの部分的な改竄。マヌル自身の信じる歪な事実を無謬の結論とするため、どす黒くも静謐な祝詞が周囲を侵していく。


 ああ、この柔らかな首よ、百合のような胸よ、アラバスタの腕よ、
「„Hm“, murmelte die Alte, „dieser sanft gewölbte Nacken, dieser Lilienbusen, diese Alabasterärme,」

 メディチアはかくも美しくこれを整え、ジュリオ・ロマーノは至高の画に表した
「die Mediceerin hat sie nicht schöner geformt, Giulio Romano sie nicht herrlicher gemalt」

 ――我が子は姫でさえも羨望の眼差しで見るであろう!
「– Möcht doch wissen, welche Prinzessin nicht mein süßes Kind darum beneiden würde!“」

 ――その衣装は不可視の精霊がかの少女を助けるがごとく
「– Als sie aber nun dem Mädchen das prächtige Kleid anlegte, war es, als ständen ihr unsichtbare Geister bei.」

 あまねく針が適切な場所と時に収まり、装飾があるべき位置に定められ
「 Alles fügte und schickte sich, jede Nadel saß im Augenblick recht, jede Falte legte sich wie von selbst,」

 ジャシンタが唯一の持ち手であると証を立てるものである――
「es war nicht möglich zu glauben, daß das Kleid für jemanden anders gemacht sein könnte, als eben für Giacinta.」


シャドウフォックスが最初に違和感を覚えたのは自身の思考そのものだった。

考えがまとまらない。立ち方が分からない。呼吸はどうやってするものだったか。
あらゆる思慮を吸い取られた彼らに残されていたのは、何も考えられない緩やかな死のみ。
自身が光子決壊を起こしていく様さえ、もはや心を動かすことはなかった。


 Briah
「創造――」

 Querdenken Nadel Weisen
「推閃思考・針の賢者」


――ここに、マヌルの歪みは完成した。


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